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2010年07月27日

日本造型藝術研究センター

アルミ鋳物メーカー、傳來工房の杉村です。

京都に「京都造形芸術大学」という大学があります。
傳來工房では昔からお付き合いが有り、本学内や附属レリーフ等を納めさせて頂いていました。


今回、「京都造形芸術大学」が姉妹校である山形県の「東北芸術工科大学」と共同運営で
「日本文化藝術研究センター」という学校を開設しました。
場所は東京の神宮外苑。JR信濃町をちょいと南へ行ったところで
開校は2010年10月です。

設計は日建設計。
施工は間組が担当しました。

「東京から世界に向けて日本の芸術文化を発信していく」ことを目的とし、
「世界に向けて『藝術立国』を発信する」をコンセプトに、
年間多数の講座を展開する予定との事。
センター長には茶道裏千家の家元・千宗室さんが就任されました。

さて、アルミ鋳物メーカーの傳來工房のお仕事は
建築本体ではなく、外構部分での「顔」。
そうです、学校名の銘板です。


銘板の場合、素材をアルミにするか、ブロンズにするか、
選択肢があり、今物件は最初アルミ銘板にて御相談を受けていました。
が、やはり、ここは学校さんの「お顔」です。
総長さんのお声で、ブロンズに変更です。
ブロンズ鋳物ですと、経年変化で何年か後、或いは何十年か後に
綺麗な緑青がふいてきて、ブロンズ鋳物の良さが増していきます。

施工ですが、壁に穴を開け、下地金物を取り付け、
この上にブロンズ鋳物銘板を横からビス留めして取り付けます。

サイズはW1800×H530で、書道の先生による文字をそのまま
一体鋳造としています。


神宮は訪れる方も多いと思います。
通られた際には是非ご覧を!

2010年07月21日

華頂短期大学

意匠アルミ鋳物専門メーカー傳來工房専務の
橋本昇です。

京都には、ご存知のよう何千ものお寺があり
その各宗派の総本山が京都にたくさん存在します。

その総本山には、人材育成や布教を目的とした学校法人が設立され
現在も歴史ある学校としてたくさん残っています。

今回は、その中からわれわれ傳來工房がお手伝いした
総本山系の学校施設の仕事のご紹介です。

1.知恩院(ちおんいん)(浄土宗総本山 元祖法然上人)

木造三門としては、日本最大 現地に立つと凄いスケールです。

浄土宗徒であった徳川家康は慶長3年(1608年)から知恩院の寺地を拡大し、
2代将軍徳川秀忠に引き継がれ、現存の三門は元和7年(1621年)に建設された。

学校法人:華頂短期大学 (かちょうたんきだいがく)
物件名:図書館棟 アルミ鋳物(アルミキャスト)外装空調カバー


設計:日建設計  施工:竹中工務店

一見、腰壁外装意匠パネルに見えますが、
前述のように機能性を保有した《空調意匠カバー》です。

窓下の細かい格子デザインパネルが空調カバーアルミ鋳物パネルです。

アルミ鋳物の場合、自由な意匠性はもちろんですが
素材の特徴である約7mmの肉厚が色々な用途として活用され、
それがアルミ鋳物を採用される理由となるケースが多い。

言い換えると単なる意匠素材だけの選択理由では
《アルミ鋳物のベネフィット》は、生まれにくい。

アルミ鋳物の7mmの肉厚形状による

‥生仝や役物製作時の加工性の良さ、
▲爛の素材感のある本来の高い耐久性、
そしてスチールの約1/3近い軽量によるあらゆる部位の対応性
と慣欧稜伝導率の高さ
などなど

あまり知られていないが現代建築にアルミ鋳物が採用される理由の多くが
意匠性造形性と同時にこれらに当てはまる。

言い換えれば、石、ガラス、PC、金属パネルなど
他素材で対応できない部位がアルミ鋳物なら
ほとんど解決できるのがアルミ鋳物の選択理由でもあり、
最大のベネフィットかもしれない。

《あとがき》
知恩院さんは、大晦日NHKゆく年来る年の
除夜の鐘で有名ですね。

鐘楼(しょうろう)としては、国内最大です。
上の写真では、大きさがわからないのでもうワンショット

ちょっと驚く大きさですが、鋳造の専門であるわれわれが見ても400年前に
これを鋳造した技術には、あらためて驚きと同時に大きな敬意を感じます。

この鐘楼は、知恩院さんの山の一番上の南側にあり、円山公園側からも入れます。

高校時代、友人が円山公園の一番奥の料亭の家だったので
よく、この鐘の廻りで遊びました。

さて、学校名の華頂(かちょう)とは、
その知恩院(ちおんいん)の山号「華頂山」にちなんだものです。

明治44年に知恩院敷地内
「華頂宮邸(かちょうのみやてい)」跡地にこの学校が創設された。

浄土宗山号と宮家の名前が一緒?・・・・
皇族は、今も昔も神道(しんとう)では・・・
皇族や公家が寺に入り門跡の話はよく聞くが・・・


調べていくと色々な事がわかった。

伏見宮(ふしみのみや)那家親王の第12王子博経親王が
知恩院に入山したが明治維新後、還俗された。

その時、知恩院さんに世話になった関係で
新しく、華頂宮(かちょうのみや)をいう新しい皇族名を
明治天皇の了解を得て、創設された。

時代の変遷を経て、皇族華頂宮家は、一時継承者がなく途絶えたが
本家伏見宮の博信王が今度は、伯爵として新たに《華頂伯爵家》を創設し、
華頂宮家も継承した。

したがって華頂の名は、
すべてがこの浄土宗総本山 《知恩院》に結びつく。

鎌倉にある旧華頂宮邸が現在も残っており、
庭園と外観は公開されているのでぜひ、一度!

まさか、この洋館と知恩院が関係しているとは・・・

設計:宮内省 竣工:昭和4年