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2015年12月24日

ノートルダム学院小学校のブロンズ像

ブロンズ像、デザインアルミキャスト専門メーカーの
京都の傳來工房副社長の橋本昇です。

今日は、クリスマスイブ。
イエスキリストに関わる仕事のご紹介です。

約180年前、ドイツで「国際平和に貢献できる人間を育てる事」と
「子ども達の色々な可能性を伸ばす環境作り」の為に、
一人のシスターがキリスト教を基盤とした教育活動を開始された。

それがシスター・マザーテレジア・ゲルハルディンガ―が設立した
「ノートルダム教育修道女会」である。

その後、ヨーロッパ、アメリカ本土に渡り世界各地に活動が広がった。
第二次大戦敗戦後、荒廃した日本に4人のシスターが「教育による復興」を
目的に1948年京都に来られ、1954年に京都北山野々神町に
ノートルダム学院小学校が開校しました。

さて、傳來工房でお手伝いした仕事は2つ。
一つは、創立者マザーテレジアのブロンズ像。
このブロンズ像を製作された彫刻家は、当時傳來工房の顧問をお願いしていた
野島二郎氏が原型製作され、傳來工房京都本社工場で鋳造いたしました。

作家:野島二郎
鋳作:傳來工房
材質:ブロンズ(青銅鋳物)
仕上:硫化イブシ古美仕上げ

もう一つは、数年前増築された新校舎のデザイングリルをお手伝いしました。

デザイングリル
設計:梓設計様
施工:清水建設様
鋳作:傳來工房
材質:アルミ合金鋳物(アルミキャスト)
仕上:アクリルウレタン樹脂塗装
寸法:H2000×W513mm

余談:お時間があればぜひ・・・

ノートルダム学院小学校の第9回卒業生でもある私は、
6年間の事を今でも明確に覚えております。
スパルタ教育までは厳しくありませんでしたが、
非常に厳格なシスターや先生方に幼少、少年期のご指導いただき
今日の私があるのも、そのお陰と心から感謝しております。
特にシスター・メリー・キャロラインに怒られ、叱られたあの紅顔時代も良き思い出です。


私が通学した京都北山の開校当時の校舎です。 当時、大変モダンな建築でした。

キリスト教カトリックの小学校なので、
毎年クリスマスになると、キリスト誕生劇が
小さな1年生から大きな6年生の有志で楽しく行われました。

2015年09月29日

ブロンズ鋳物製レリーフ

皆さま、こんにちは。
傳來工房の杉村です。

鋳物メーカーの傳來工房ではアルミを主として
ブロンズ合金鋳物も多数手掛けています。
ブロンズ合金鋳物の製品としては
作家先生の原型によるブロンズ像や

PICT0168.jpg

銘板などがあります。

そして今回、沖縄物件でのご依頼があり
ブロンズ合金鋳物レリーフの製作に携わりました。

お手伝いさせて頂いた現場は「沖縄女子短期大学様」です。
認可後49年、那覇市内におられましたが、
校舎の老朽化に伴い、平成27年10月に
与那原町・東浜という場所で新キャンパスが移転・開校します。

この新キャンパスで時計棟を設置されたメーカー様が
世界のセイコーさんです。


セイコーさんにて土台、時計塔を設置されました。

さて、傳來工房のお仕事ですが、
時計塔の土台部に設置する「ブロンズ鋳物レリーフ」の製作をご担当。

作家先生は沖縄で活動されている西村貞雄様。
有名な「ひめゆりの塔」のひめゆりレリーフを造形された先生です。


作家先生から「石膏原型」が空輸されてきました。
長さは1250mmあります。

花の部分と葉っぱの部分は別々の原型ですが、
鋳造後に溶接まとめをします。

砂型を作って、ブロンズ鋳造を行います。

先生の掘り込みサインも忠実に鋳造。

完成後、送付してセイコーさんにて取付が行われ完成です。
ちなみに、色は「緑青(りょくしょう)」です。

沖縄の青い空の下、新しいキャンパスに「しらゆり」が咲きました!



2012年12月26日

河井寛次郎のうさぎ

今年も残すところわずかとなりました。

アルミ鋳物、ブロンズ鋳物による
アート作品製作専門メーカーの傳來工房専務の橋本です。

この師走に京都五条坂にある《河井寛次郎記念館》より
「兎(うさぎ)」の彫刻作品の製作依頼がありました。

作品名:兎(仮称)
河井寛次郎作 傳來工房鋳造
材質:シルミン(アルミ合金鋳物) 松煙イブシ古美仕上げ
寸法:620mm

この作品は、《河井寛次郎記念館》が開館15周年を記念し
寛次郎が晩年創作された木彫から10体を金属鋳造化された作品のひとつです。

我々傳來工房が記念館の依頼を受け、全面的にご協力いたしました。


この作品はブロンズ鋳造(青銅)ではなく
現代的な素材「シルミン」(アルミ合金鋳物)で鋳造した貴重な作品です。


一対の兎が向き合い愛らしい造型ですが
視点を変えると何か不思議な顔にも見える。


寛次郎の本の中で、こういう話があったことを記憶しています。

「私は、道路に出て車を見るのが好きだ。
車のフロントがまるで色々な生き物の表情として語りかけてくる。」

寛次郎の作品は陶作、木彫、金工など多面に渡り展開され
美術工藝作品として国際的にも非常に高い評価されていますが
その理由はこの作品からも読みとれると思います。

寛次郎の作品を見ていると、新しい世界がぐんぐん広がり
深く入っていく。

まさに寛次郎の世界ですね。

《あとがき》 お時間があれば・・・

私が河井寛次郎いや、作品と出会ったのは、今から30数年前。

寛次郎自身が木彫作品を金属にしたいと語った記録があり
生前成し得なかったブロンズ化を
記念館が企画され私が製作の担当をしました。

担当するにあたり、河井家の皆さんから本、作品以外の
寛次郎の話を聞けば聞くほど
今までの私の美術感には、なかった寛次郎の世界にドップリ漬かった。

それ以来、私の座右の銘は、

「手考足思 しゅこうそくし」  (手で考え足で思う)

新年平成25年も 傳來工房の《ものづくり》の一人として
この言葉を実践し、さらに高めていきたいと願っております。

来年も傳來工房を、どうぞ宜しくお願い申し上げます。


2012年11月19日

京都中心部のブロンズレリーフ

ブロンズ鋳造による建築意匠、立体造型、彫刻を専門としております
京都の傳來工房専務の橋本昇です。

京都の街は、現代と歴史が程よく混在し調和した町だと言われます。


それは千年の都という遺産を引き継ぐだけではなく、
京都独自の新しさと伝統を共有する感性と技術が
綿々と現在に生き抜いてきた京都の強さのひとつではないでしょうか。

今回ご紹介する烏丸蛸薬師(からすまたこやくし)東入ルの
麻専門店《アカイビル》もそのひとつです。


狭い道幅の蛸薬師通りを歩いていると、
突然現れる渋く輝くブロンズレリーフの存在に驚く人は少なくありません。

作家:富樫実
鋳造:傳來工房
材質:ブロンズ(青銅鋳物) 硫化イブシ鏡面古色仕上げ
寸法:W2500×H2300mm

富樫先生の波打つ立体造型がブロンズ鋳造によりさらに存在感が増幅され、
ファサードの御影石と反撥しながらも独特の空間が生まれた。

とりわけこのブロンズの原型は、
富樫先生が大きな原木を傳來工房のアトリエに持ち込まれ、
連日大粒の汗を飛ばしながら夜遅くまで
原木と格闘されていたことを思い出します。


このブロンズ作品が放つ力強さは、そんなプロセスをも表現しているようです。

《余談》 お時間があれば・・・

出張先の函館で津軽海峡トンネル経由の特急白鳥の時間が
45分後に迫っていましたが、烏賊(イカ)を食べることになった。

今年は小浜で晩夏に剣先イカを、出張前にアオリイカを爆釣しており
正直、さほどソソルものはありませんでしたが・・・

驚きました。


私は、自分の釣った新鮮な美味いイカを食べているつもりだったのですが
全く別世界の美味さなのです。

肝醤油にしていただきました。
さすが烏賊の街「函館」、勉強になりました。

2012年04月12日

ワコール本社 ブロンズ像

京都のアートワーク、ブロンズ像専門メーカーの
傳來工房専務の橋本昇です。

本日の京都は、まさに春爛漫(はるらんまん)。
最高の季節になりました。

傳來工房の近くにワコール本社ビルがあります。
そこの紅桜も綺麗に咲き誇り、白いビルに映えています。

新本社ビル計画当時、
ワコール会長の故塚本幸一氏が
建築家の高松伸さんに
「世界一美しい建築を頼む」と依頼された。


設計:高松伸建築設計事務所


その美しい建築の西側に咲く桜の前に
我々傳來工房の仕事があります。

《ブロンズ像 青銅鋳造 緑青発色仕上げ 鋳作:傳來工房》

では、正面から

作品名: 天 地 人  
作  家: 杉村 尚  

《ブロンズ像 青銅鋳造 緑青発色仕上げ 鋳作:傳來工房》

このブロンズ像は、ワコール創業30周年を記念し製作されました。

当時、日展作家として活躍されていた杉村先生に塚本オーナーが
「世界一美しいブロンズ像を!」と杉村先生に依頼されたにに違いない。

三十数年経過した現在もその美しさは、変わりません。

ブロンズ像 青銅鋳造 緑青発色仕上げ 鋳作:傳來工房

《余談》

私の結婚披露宴には
ワコールオーナー故塚本幸一さんに
主賓として素晴らしいご祝辞を頂いた。

これからの人生も、
ワコールのブロンズ像のように
「美しく、美しく、より美しく」
生きたい。

合掌

2011年06月28日

大阪大学レリーフ製作

こんにちは!
アルミ/ブロンズ鋳物メーカー、傳來工房の杉村です。

さてさてやってきました。
大阪府の吹田市です。
ここは「大阪大学」
キャンパスとしては吹田市、豊中市、箕面市に点在し、
そして大阪市内には中之島センターが有ります。

今回、メインである吹田キャンパスにて傳來工房が
お世話になったのは人物のレリーフ像です。

基礎工学部創立50周年を記念して、同窓会が寄贈されました。
横65cm、縦75cm、厚みは3センチのブロンズ鋳物製です。

この方は「正田健次郎」氏。
数学者であり、大阪大学総長、基礎工学部部長を歴任され、
文化勲章、勲一等勲章、勲一等旭日大綬章を受章されています。

さて、ここで正田氏と言えば、思い当たる方もおられると思います。
はい、ピンポ〜ンです。
皇后の美智子様の旧姓が正田様ですね。
正田健次郎氏は美智子様の叔父さんにあたる人になります。

正田健次郎氏の実弟、美智子様のお父さんに当たる方が
日清製粉グループ本社の社長や会長を歴任された正田英三郎氏です。

日本のロイヤルファミリーという書籍に正田家のファミリーツリーを発見。
見てみると各界、特に学問分野でご活躍されている
有名な方が非常に多くおられます。
いやいや、本当に凄い方々です。

ブロンズ像の横に、正田先生のお言葉を記した真鍮銘板。
これは古くから壁に設置してあった銘板を綺麗にお化粧直ししました。


そして基礎工学部の沿革をステンレスエッチング板にて製作。


また基礎工学部のシンボル、こちらもステンレスのエッチングにて製作。


最後に、序幕を設置して贈呈式に臨みます。

皆様も肖像レリーフをお考えの時はお声をかけてください!!

2010年06月22日

韃靼(だったん)の馬

意匠的なアルミ鋳物製品を鋳造しております
京都の傳來工房専務の橋本昇です。

タイトルを見て、「おやっ」と思われた方は
まちがいなく日本経済新聞朝刊を読まれている方ですね。

《日経最終頁 文化欄下段》


このタイトルは、昨年11月から始まった
辻原登(1990芥川賞)の連載歴史小説です。

江戸中期、一人の対馬藩士が朝鮮通信使に関わりながら
日本から朝鮮、モンゴルへ舞台が展開し、
《日本人としてのプライド》と《真の国益》を賭け、
物語が進むスケールの大きな作品です。

なぜ、この連載小説が《傳來工房の仕事》と関連するのか・・・・

宇野亜喜良(うの あきら)氏


《作品写真》


繊細で甘美な独特の世界を表現される宇野先生のファンも多い。

宇野先生は、この連載小説「韃靼の馬」の挿絵を担当されています。

さて、毎朝読む連載小説の挿絵で女性の題材が出てくる朝は、
小説そっちのけで思わず見入ってしまう読者も多いのでは・・・・ 

それほど甘く、せつなく、幻想的な世界に引き込まれる。

《挿絵写真》

《挿絵写真》

その宇野先生とバブル末期、
京都のとあるディスコ(今時、こんな言葉はあるのかな)の仕事をご一緒した。

《ディスコ全体写真》


その施設の玄関上部に天使の彫刻を置くことが計画され、
そのデザインと監修を宇野先生が担当された。

われわれ傳來工房は、宇野先生がデザインされた天使の
彫刻製作を担当し納入設置した。

《天使 1990》


この施設の企画・設計を担当されたアベサンペイ氏とご一緒に
宇野先生に原型立会いのために京都の傳來工房のアトリエに来ていただいた。

宇野先生は、私に粘土原型触っていいですかとお話され
蒸し暑いアトリエで自ら箆(へら)をお持ちになり
熱心に原型のディティールを仕上げておられました。

今回の天使の彫刻を創作するにあたり、色々と調査されていた様子でしたが
今でも忘れないのは箆を置かれた
その時、
小さな声で「いい天使が出来た」と呟かれように私は記憶している。


《あとがき》
このディスコには、ふんだんに本物のブロンズ(青銅鋳物)を使い、
手摺りや爬虫類の彫刻などを納めた。
今から思うと刺激的な1990年だったように感じる。

傳來工房は、今まで建築、ランドスケープ、アートの仕事を中心に
アルミ鋳物やブロンズ鋳物を納めてまいりましたが
今回のように商業空間の仕事もたくさんお手伝いしております。

今回特別に1990年前後を中心にした
傳來工房の仕事《商業空間への展開》の写真集を
ご希望の方に謹呈することにいたしました。


ご希望の方は下記のアドレスまで
《商業空間への展開》写真集希望とお書きください。

sugimura_osa@denrai.co.jp

尚、この写真集はすでに廃版のため、数に限りがありますので
お申し込み多数の場合は、ご希望に沿えない場合が
ありますのでご了解ください。

《傳來工房の仕事 商業空間への展開》


2010年02月04日

JR新幹線 京都駅

京都のブロンズ鋳造、アルミ鋳物専門メーカーの
傳來工房専務の橋本です。

年間いったいどれだけの人が新幹線京都駅を利用するのだろう。


ビジネスはもちろん、
一般観光、修学旅行、学会・各種国際会議、大学生、
茶道華道文化関係者などなど・・・

たくさんの方が利用されるその新幹線構内の
《傳來工房の仕事》をご紹介いたします。



ブロンズ胸像(通路側)

作品名:「こころのとも」 作家:杉村尚(故人) 
ブロンズ鋳作:傳來工房

杉村先生の作品に共通するのは、なんとも言えない上品さがある独特の造形だ。
どの角度から見ても指の先まで杉村先生の作品には上質の品格が漂う。
この作品は、京都南ロータリークラブ創立25周年を記念して製作寄贈されました。


ブロンズ胸像(側面)

《余談》
杉村先生は、日展評議員をつとめられ、
晩年は京都教育大学名誉教授として活躍された。
永い間、京都教育大で教鞭を執られ、ある教授から聞いたが
とにかく普段から怖かったらしく、生徒にはもちろん先生方にも
ご立腹されると容赦しなかった。
しかし、なぜか私には、いつも親切でやさしかった。
思い出に残っているのは、ブロンズ鋳造の打ち合わせに奈良のご自宅に行くと
「のぼる君、メロン食べるか?」と熟れたメロンをよくご馳走になった。
一見神経質そうに見える杉村先生は、実は話が大変お上手で
ユーモアを交えながら色々がお話を聞きし、楽しい時間をご一緒した。
新幹線京都駅構内にあるこのブロンズ像の前を通るたびに、
あの甘いメロンの味を思い出します。(笑)


ブロンズ胸像(店舗側)


《御礼》
平成22年2月2日、ホテルグランヴィア京都での
《弊社会長橋本奈良二 お別れの会》に全国から約900名を超える方々から
献花を頂戴しました。心から御礼申し上げます。

友人代表として河内誠一様(螢蹈泪鵐薀ぅ娉馗后砲凌瓦里海發辰芯ぜは、
臨席された皆様の心の琴線に触れ、目を潤ます方もたくさんおられたと
会終了後にお聞きました。
形式的なお別れ会ではなく、大勢の皆様で故人を偲んでいただき
大変ありがたく感じております。

                                            合掌

2010年01月20日

新宮市駅前ブロンズ像

世界遺産に指定されている紀伊山地の霊場と参詣道。
遺産の中に熊野三山があります。
三山とは神社の名前で、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の3神社の総称です。
このうち和歌山県新宮市の熊野速玉神社で毎年2月6日の夜に行われる神事が
県の無形文化財に指定されている「お燈まつり」です。

白装束に身を包んだ2000人の男衆が松明に炎を灯し、
540段近い階段を駆け下りる、荒々しいお祭りです。

新宮市で、この「お燈まつり」を象徴するモニュメント設置計画が立ち上がりました。
新宮市駅前の中央にブロンズ親子像を設置する計画です。

新宮市から頂いた原案スケッチを元に傳來工房でデザインを御提案し、
入札の結果、御採用頂きました。

約2ヶ月をかけて、粘土原型を製作し、

石膏に置き換えて、

中の粘土を取り出し、

そして樹脂原型にしていく作業です。

かなりチカラ仕事となります。

これが終わるとブロンズ鋳造、そして仕上、完成となります。


石の土台は新宮市で業を営まれている業者さんにお願いしました。
幅1500mm、奥行1200mm、高さ1000mmの白御影のムク石です。

12月26日に無事除幕式が執り行われ、傳來工房を代表して列席しました。
新宮市様より「感謝状」を頂きました!

2009年01月14日

松下政経塾ブロンズレリーフ

ブロンズ鋳物、アルミ鋳物専門メーカーの
傳來工房専務 橋本昇です。

1979年、松下幸之助さんが当時の日本を憂い、
国家経営指導者の育成を目的として私財70億を投じ
神奈川県茅ヶ崎に「松下政経塾」を設立され、翌年完成した。



《ブロンズ表札と正門写真》

今年で30周年を向かえる。

その風格ある正門に彫刻レリーフを設置されることになり
我々傳來工房がブロンズ鋳造のお手伝いをした。

監修は、名実共日本一の画廊である銀座の日動画廊が担当された。
私は、担当された日動画廊の銀座店店長に
竣工数年後、当時のお話を聞いたことを思い出します。

当時、世界の松下として成功されていた幸之助さんは
美術工芸についても高い見識をお持ちで色々なコレクションも所有され、
国内外の芸術家と個人的なお付き合いも広かった。

しかし、幸之助さんはこう言われた。

「日本一の日動画廊さんにこれから最も伸びると思われる若手彫刻家に
正門の彫刻レリーフの製作を依頼したい。」

《ブロンズレリーフ写真》

「明日の太陽」 ブロンズ製 緑青発色仕上げ W:14m

原型製作:  加藤昭男(かとうあきお)(1927年〜東京芸術大学卒)
ブロンズ鋳造:傳來工房

未来に対する若者の意思と勢いを感じる迫力ある彫刻です。
わたくし個人的にも国内にある具象彫刻作品ベスト3に入る大好きな作品です。

《余談》
昨年、世界の松下から世界のパナソニックになった。
それにともない色々な関連企業や施設の呼称が変わる。
しかし、この松下政経塾と松下歴史館(大阪)だけは松下の名前が残る。

《政治に少し興味のある方はこちらもどうぞ》
塾設立数年後、あまりにひどい利益誘導型の政治家達を見て
この塾を母体とした新党設立の計画もあったらしい。

それから30年・・・・

2009年1月14日現在
現役衆議院議員、参議院議員の塾生OBは、
結構な数になる。

自民13名 民主17名 計30名 

《松下政経塾出身の主な国会議員や首長》

1期生 逢沢一郎  (自民・衆)  野田佳彦 (民主・衆) 
2期生 山田宏   (東京都世田谷区長)
3期生 松沢成文  (神奈川県知事)
4期生 原口一博  (民主・衆)  高市早苗 (自民・衆)
8期生  前原誠司 (民主・衆)
10期生 中田宏   (横浜市長)
11期生 福山哲郎 (民主・参)
13期生 村井嘉浩 (宮城県知事)

よく見ると世襲議員が少ないのも松下政経塾生OBの特長だ。
(上記では、逢沢一郎だけは例外)

幸之助さんの薫陶を受けた塾生OBに
この不景気を吹き飛ばす活躍に期待したい。



《故 松下幸之助翁》

「不況また良し。
 かつてない不況から、かつてない革新が生まれ、
 かつてない革新から、かつてない飛躍が生まれる。」

 はるか雲の上から幸之助さんの声が聞こえてくる。

 合掌
             傳來工房 専務 橋本 昇

2008年11月28日

弘法大師のお母さん

アルミ鋳物メーカー、傳來工房の杉村です。
今回のお題は弘法大師空海のお話です。

京都にはたくさん世界遺産がありますが、その中に東寺があります。
五重の塔で有名なお寺です。


正式には教王護国寺と言うそうですが、
京都では「東寺さん」と親しみを込めて呼ばれています。
毎月「弘法さん」という縁日のような出店(骨董品など)が境内に所狭しと並んでおり、
弘法大師空海が改組した真言宗の総本山である「東寺さん」は
京都人には馴染みが深いお寺です。

さてこの東寺さんに隣接して洛南中学/高等学校があります。
京都でもトップを争うくらい偏差値の高い学校です。
1200年前に弘法大師空海が作られた学校との事です。

当然に構内には弘法大師像は有ります。
それでは傳來工房は何をしたのか??
弘法大師さんのお母さんの像を製作しました。

お母さんは「玉寄姫」さんと言いまして、
香川県は善通寺にて弘法大師は誕生しました。
この善通寺に玉寄姫の木彫像があるとの事で、
学校の方と一緒に拝見しに行きました。


さて、実際に粘土にて原型を作るのですが、
高校の学長さんからは「美人に作ってくれ!」と命を受け、
原型作家は非常に困っていましたが。。


何度か修正を加えながら完成したのがこちらです。
どうでしょうか??
木彫の玉寄姫さんより美人になっているでしょうかぁ??

2008年07月24日

西園寺公望(ブロンズレリーフ)その弐


「なんじゃこりゃぁ〜」(もういいですか?)の大発見から3週間、
立命館大学のご担当者が清見寺へ赴き、複製のお願いをされ、お寺側が快諾。

中学高校を含む各キャンパスに複製を設置する計画が立ちあがり、
傳來工房にお声を掛けて頂きました。

一旦、傳來工房にてお預かりをするのですが。。
なんせ石膏ですから、値段付けられないですから、
細心の注意を払って持帰り、ビクビクものです。


傳來工房での仕事としては、まず石膏原型の複製を造る事です。
出来るだけ早くオリジナルはご返却をしなければお預かりは怖くて怖くて。。

石膏原型を破損しないように、汚れが付かないように、離型材を塗布し、
シリコンを何層かに塗り込み、シリコン型取りを行います。
写真では凸のように見えたりしますが、実際は凹んでます。


そして、このシリコン型に石膏を流し込んで固まれば復元の完成です。
この複製石膏原型を元にブロンズ鋳物を製作して行きます。


同時に原型製作、鋳造のお手伝いをさせて頂いたのが
中川小十郎氏のレリーフです。
中川家は古くから西園寺公に仕えていたそうです。
西園寺公からは信望が厚く、西園寺公が文部大臣時代に
秘書官に任命されています。

西園寺公の私塾である「立命館」の継承を申し出て
これを許され立命館大学の創設者となります。

ちなみに中川小十郎氏、世界的に活躍し、
ニューヨーク近代美術館に永久保存の作品を
手掛けた巨匠である流政之氏のお父さんです。


中川小十郎氏のレリーフは立命館の前理事長である川本八郎氏のご推薦で、
作家の故杉村尚氏に原型をお願いしました(彫刻家・京都教育大名誉教授)
こうして京都に密接な関係のあるお二人のレリーフが完成。


立命館の各中学、高校、大学の施設に設置を致しました。
下の鋳物の銘板は川本八郎氏の直筆にて製作をしています。


そう言えば当時(7年前)、倉木麻衣が立命館の学生だったので、
何かと用事を作っては学内をウロチョロしたのですが。。。
結局は姿を発見出来ず悔しい思いをした事が。。
チャンチャン、でした〜

2008年06月30日

西園寺公望(ブロンズレリーフ) - その壱

専務の橋本がブロンズ像等のブログを
作家先生との思い出を交え語っているのを読みながら
私としても何か厳かな話題をここらで一発書いておかねば。。と、
思い立ったが吉日!

今回は「西園寺公望公ブロンズレリーフ」という話題にて2回連載を企んでます。

西園寺公望(1849年〜1940年)
名前は聞いた事あるなぁ、と言う人の為に軽くおさらいです。
(私も調べながらほぅ、ほぅ、へぇ〜と。。)



明治15年、当時の内閣総理大臣であった伊藤博文が
憲法調査のためにヨーロッパを歴訪した際、
それに随行したことで西園寺公望の政治活動がはじまる。

第12・14代の内閣総理大臣を経て
「最後の元老」として大正天皇、昭和天皇を輔弼(ほひつ)し、
大正末期から昭和初期にかけて、後継首相推薦の任にあたった。

さて、西園寺公、偶像崇拝を嫌がり自分の彫像を造る事は無かったらしいが、
東京の神田駿河台の本邸だけに、彫刻家の武石弘三郎作による銅像が建てられていた。

しかし、関東大震災で本邸と共に破損をしてしまった。

西園寺の別邸を設計した建築家が破片を掘り起こし、繋ぎ合わせ、石膏像を復元。
西園寺の死後に西園寺がよく散策していた土地の
清水市、清見寺へ寄贈したのが昭和15年(1940年)。



時は流れて西暦2001年。
清見寺の副住職がお寺の押入れを掃除していたところ、
木箱に入った石膏の西園寺公を偶然に発見。
「なんじゃこりゃぁ〜!」と、松田優作になった副住職(この行、あくまでも杉村の想像です)



新聞にも載りました。



さてさて、ここで学校法人立命館さんの登場です。
実は西園寺公、現在の立命館大学の祖となる家塾(私塾)「立命館」の創始者。
立命館さんとして学祖の立体像は貴重な存在。
↓西園寺直筆文字です。


という訳で前置きが長くなりましたが、ようやく傳來工房の登場です。
ここで to be continued.. とさせて頂きます!

2007年12月17日

井上靖と忘れ得ぬ芸術家たち

アート&デザイン
アルミ鋳物、ブロンズ鋳物専門メーカー
傳來工房専務の橋本昇です。

昨日、HNK大河ドラマ「風林火山」の最終回でした。

このドラマは、井上靖 生誕100周年を記念して作られた企画と聞きました。
原作とは、似て非なるものでしたが久しぶりに一年通して楽しみました。

特に後半、上杉謙信役Gackt(がくと ミュージシャン)の才気ある演技は、
軍師・宇佐美定満役の名優・緒方拳にも助けられ、なかなか良かった。



さて井上靖は、「天平の甍」や「敦煌」に見られるように
美術工芸に対して見識の高さと豊かな表現は文学作家の中でも群を抜いている。
京大卒業後、毎日新聞社学芸部で美術記者をされていたことが大きいのでは・・

その井上靖芸術観のダイジェスト版といえる
「忘れ得ぬ芸術家たち」という書籍があります。



新潮社 (1986/08)  井上靖


その中で井上先生が一番思いを込めて書かれている芸術家は
間違いなく「陶工 河井寛次郎」だ。


(河井寛次郎 1890〜1966)

井上先生もこの書籍の中で自分の美術観に最も大きな影響を
与えてもらった芸術家は河井寛次郎であると書かれている。

実は、その井上靖先生に会いに行った。

いや正確に言うと私が31歳7月7日七夕の日、
世田谷の自宅に相談に行ったのです。



(井上靖 1907〜1991)

河井寛次郎記念館開館15周年記念事業として
寛次郎が生前、式場隆三郎氏との対談で
「機会があれば自分の木彫作品をブロンズなど金属にしたい」という記録が
残っておりその実現化について記念館の荒川さんと相談に行きました。

快諾された。

その日、井上先生の機嫌がすこぶる良く、
中国「楼蘭(ろうらん)」の地へ行く話をされていた。

そして上機嫌の井上先生が
帰り際、急に私をグッと眼光鋭いまなざしで見つめ
「君、河井先生のいいブロンズを作りなさい。」と言っていただいた。

大きな励みになった。

傳來工房アトリエ内で木彫作品から作品を傷めないよう特殊な技法で雌型を取り、
ブロンズとシルミンの2つの材質を使い鋳造しました。

昭和63年1月河井寛次郎木彫作品ブロンズ化10作品が完成した。

神秘的な造形美は、河井寛次郎そのものです。


鋳作:傳來工房 ブロンズ 仮称「きつね」


鋳作:傳來工房 シルミン 仮称「うさぎ」


鋳作:傳來工房 シルミン 仮称「のし」

写真:東出清彦
(今回のブロンズ作品写真集を作るのに、当時お付き合いのあった
写真家の東出さんに無理をお願いしました。
撮影後、しばらく寛次郎に憑かれたようですと話されていたことを思い出します。)

開館15周年記念展覧会と同時に寛次郎コレクターの為に
「像」と「面」限定10作品を各10体のみ作品限定番号を刻み
記念館の認定書付きで河井寛次郎記念館より頒布されることとなりました。

全国の美術館をはじめ一般のコレクターの方から沢山の申込があり
この収益は、記念館修復および作品の保管施設費用の一部となりました。


河井寛次郎記念館 京都五条坂
館名の篆刻(てんこく)は、寛次郎を神様と呼んでいた棟方志功の作

この事業は、今まで河井寛次郎記念館内しか告知をされていなかったが
記念館のご了解を得て傳來工房HPにも
寛次郎木彫作品ブロンズ化頒布紹介の掲載させていただきました。

理由は、傳來工房が鋳造のお手伝いをしている事もあるが
この寛次郎のブロンズ作品の価値が記念館から販売されている価格と
比較するとこれは、かなりおすすめだからです。
(ちなみにこのブロンズ作品の1種は、国立京都近代美術館にも常設展示されています。)

ほとんどの「像」は完売ですが、「面」や「像」も種類によって若干数の作品があります。

創業、上場、新社屋記念のロビーや応接室のオブジェとしてお薦めします。
詳しくは下記のサイトまで
        ↓
《河井寛次郎ブロンズ作品サイト》

最後に京都へ上洛の際には、ぜひ河井寛次郎記念館の見学をおすすめします。

きっと、色々な気付きに出会います。

河井寛次郎記念館 内部

(余談)
井上先生に会う当日、東京駅に到着し急に☆ピッときました。

八重洲のブックセンターで「忘れ得ぬ芸術家たち」を購入し
背表紙開きに井上先生に為書き(ためがき)をしてもらいました。

私にとって井上靖先生はまさに「忘れ得ぬ・・・」です。  合掌

2007年09月18日

ブロンズ像、銅像、胴像、胸像

ブロンズ・アルミキャスト、アルミ鋳物専門メーカーの
京都傳來工房専務の橋本昇です!

先週、京都府文化芸術会館に彫刻作品展を鑑賞してきました。


彫刻といっても色々な素材で製作されますね。
一般的に彫刻とは、立体造型を目的として
素材を彫り、刻み製作する創作行為、作品の事です。

しかし、彫刻でも「ブロンズ像」や「銅像」は少し制作過程が異なります。

それは、約1,100℃に溶かしたブロンズ(青銅)を
流し込む鋳造工程があるからです。。
その為、ブロンズ作品を製作する彫刻家には
必ずパートナーとなる鋳造工房が必要になります。

傳來工房は、古くから故岡本太郎先生をはじめ
国内外の色々な彫刻家のブロンズ作品鋳造製作の
お手伝いをしてまいりました。


大谷美術館(西宮市)
原型:岡本太郎  鋳作:傳來工房

現在でも、ブロンズ像のご依頼を受けておりますが、
特に一般の皆さんから「銅像・胴像・胸像」
つまり「肖像ブロンズ像」については
ぜひ、傳來工房にご相談ください。それには理由があります。

さて冒頭にご紹介した展覧会は
藪下実(やぶしたみのる)という彫刻家の作品展です。

実は藪下先生は傳來工房のブロンズ像原型を
お願いしている彫刻家のお一人でもあり
私個人的にも藪下ファンの一人として
今回の作品展にお邪魔しました。


左側が彫刻家の藪下実氏、右が私傳來工房専務の橋本です。

藪下氏は京都芸大彫刻科出身で具象彫刻の世界では
天才と言われた故・山本恪二先生の薫陶を受けられたお一人です。

その山本先生の貴重なお話を紹介します。
「『彫刻』とは、対象となる人間や動物を丹念に観察し、
表面的に模倣するのでなくそのしくみを彫刻的、立体的に
深く理解し、しっかり組み立てることにより
にじみ出てくる作者や対象の心や思いまで表現する」

いつも、藪下氏に肖像ブロンズ原型をお願いして驚くのは、
数少ない写真や資料からご依頼の人物の性格や表情まで
見事に造型される事です。

その観察力、洞察力そしてそれを具現化される造形力は、
立会い時のクライアントの皆様もびっくりされます。
しかし、藪下氏にとっては当たり前の事かもしれませんね。


石膏原型



傳來工房鋳造完成ブロンズ像(オハグロ仕上げ)

さて皆さん、ブロンズ像や銅像、胸像を計画される時は、
具象を中心に創作活動されている彫刻家に原型製作し
その彫刻家のパートナーとなる鋳造アトリエで
ブロンズに鋳造される事をお薦めします。

それは、出来上がったブロンズ像は間違いなく
「彫刻作品としての価値」が存在するからです。

傳來工房では、ブロンズ像、銅像、胸像製作のご相談も承っております。
その為のHPサイトもご用意しました。ぜひ一度覗いて見てください。

例えば「ブロンズ像の相談方法」や
「ブロンズ像製作の意外な価格」がわかりますよ。

肖像ブロンズ像の工程や
特に価格に興味がある方は、こちらをクリック!!

                  ↓
ブロンズ像、銅像、胸像製作