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2016年06月28日

ヴォーリズ建築

アルミ鋳物メーカー、傳來工房の杉村です。

先日、滋賀県は近江八幡市界隈に行ってきました!!
ここ、近江八幡界隈はマイナーながらも全国区の名所があるのです。

まず訪れたのが、国の登録有形文化財である「豊郷小学校」
ある世界では知る人ぞ知る「けいおん」の舞台です。


傳來工房がお世話になったのは、

イソップ童話の「うさぎとかめ」です!
こちらはブロンズ鋳物製です。
見学者達が触ってるのでしょうね。良い色になって変化しています。

階段の手すりの上、すなわちスタート地点でのうさぎとかめ。
3階部分ではかめが一位でゴールです。


さて、学校から南下すると、近江八幡市に入ります。
水郷で有名なのですが、クラブハリエという全国区のスィーツ屋さんの
本拠地でもあります。
ヴォーリズ建築をカフェとして使われており、こちらで「ほっこり」 
これ贅沢ですねぇ。

さて、再びヴォーリズの名前が出てきたので、
ここ近江八幡市を傳來工房目線で見るとやはり、
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ建築群に限ります。

近江兄弟社の創始者(メンタムと言えば。。)であり、

プロテスタントの伝道者であり、
数々の名建築の建築家でもあり、多彩な才能を日本で発揮された方です。
前述の豊郷小学校も彼の設計です。

近江八幡を離れますが、ヴォーリズ建築初の重要文化財として指定された、
「神戸女学院大学」でも傳來工房がお世話になっています。

設計は一粒社ヴォーリズ建築事務所、施工は竹中工務店。

アルミキャストメーカーの傳來工房が御世話になったのは
「メアリー・アンド・グレイス・ストウ学生寮」です。

外観を一見すれば「これだ!」って分かりますね。
そうです。バルコニー手摺です。

アルミキャストの造形性を最大限に活かした意匠。
中央部のデザインは学校の校章のシルエットを表わしています。

造形性だけではなく、枠の見付けも65mmを取っており、
非常にしっかりとしたアルミ鋳物に仕上がっています。

初夏、草花が綺麗な既設ですね。

神戸女学院では説明付きの一般公開を催されています。
ご興味ある方は学校HPをご覧下さい!


2016年06月20日

武道の聖地前の仕事

アルミキャスト(アルミ鋳物)によるレリーフや
デザインパネル専門メーカーの
京都傳來工房副社長の橋本です。

毎年のことですが、今年も京都に
蒸し暑い季節がやってきました。
6月下旬から7月16日頃の祇園祭宵山ごろが
この蒸し暑さのピークになります。

さて、NHKの大河ドラマ「真田丸」も
暑い「夏の陣」に向け、回を重ねるごとに
見どころが多く、毎週日曜夜8時を楽しみにしています。

とりわけ、信繁役の堺雅人と
天下人秀吉役の小日向文世の演技が光る。

さて江戸時代、幕府の講武所剣術師範、
各藩には剣術指南役という立場で
藩の武術指導と藩主護衛役を兼ねた
プロの武道家が存在していた。

徳川家の剣術指南役では、
柳生宗矩(やぎゅうむねのり)を筆頭とする
柳生一族が有名です。

そのほかには、
北辰一刀流の千葉周作が水戸藩に、
あの宮本武蔵も肥後藩の指南役を
していた時期があった。

幕府や藩主に召し抱えられる指南役とは、
一体どれほどの強さかは残念ながら
上手く伝えることは出来ない。

しかし真田丸の舞台となる大坂城夏の陣でも、
この指南役達が戦闘慣れした騎馬武者を
格段の実力差で勝ち進んでいく様子が
よく小説に書かれている。

そして明治維新後、スポンサーを失った
剣術武芸のプロ達はどこに行ったのか。

その受け皿が明治38年、
京都に設立された武術教員養成所で、
後の大日本武徳会武術専門学校である。

通称「武専(ぶせん)」と呼ばれた。

全国から武道の天才が集まり、
武専の学生は剣道か柔道のいずれかを専攻し
帝国大にも匹敵する教科教育と時には死者す
ら出ることのあった激しい稽古が行なわれ
国内屈指の武道家育成校として名を馳(は)せた。

それが現在、京都岡崎に「旧武徳殿(ぶどくでん)」
(重要文化財)として現在も剣道の聖地として
五月の八段師範大会や
練成会稽古道場として使われている。

長くなりましたが、その武徳殿前に
京都武道センターが建設されました。



京都武道センター  設計:吉村建築設計事務所


東西南北に
四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)の意匠レリーフを
傳來工房で原型から鋳造、設置まで担当いたしました。


《青龍 せいりゅう》
寸法:H3000mm  
材質:アルミキャスト
(アルミ鋳物合金 JIS規格AC3A)
仕上:緑青風ウレタン樹脂塗装
原型:傳來工房アトリエ
鋳作:傳來工房京都本社工場


《白虎 びゃっこ》


《朱雀 すじゃく》


《玄武 げんぶ》


小学校から剣道を始め、
国体選抜など社会人実業団まで
剣道を続けることができ、縁あって我が傳來工房で武徳殿の前にある
京都武道センターの仕事を担当したことを誇りに思います。

《あとがき》 お時間があればぜひ、

今回の取材で武徳殿に久しぶりに行き、この入口近くに
天ぷらの老舗、圓堂(えんどう)さんの新しいお店
「岡崎北店」が新しくオープンされたのでお昼にお試し訪問。
屋号にあやかって?えんどう豆を裏ごしされた
香り高い「えんどうの天ぷら」が印象的。

平日のお昼なのに本店の女将が居られ驚きましたが、(さすが!)
凛とした品格とホスピタリティを感じる良いお店です。


天ぷらに舌鼓を打ちながらヒヤリとする事を思いだした。

実は、本文に記載した武専の最後天才と呼ばれた
丸田八段範士に高校時代2年間指導を得た。

武徳殿では、数々の高名な範士の先生方に仕込んで頂いたが、
丸田範士は、段違いの強さで稽古にならないほど。

当時、高校生二段の実力ではもちろん相手にならない事を承知していましたが、
地稽古で構えても、踏み込むことも何も出来なかった事を思い出します。

前述に当時の指南役とは、どれほどの強さであったかと書きましたが
少しでも剣道の嗜み(たしなみ)のある人が
丸田師範に、もし真剣で構えられたら間違いなく逃げ出すと想像します。
それくらいの強さと云えるのではないでしょうか。