株式会社傳來工房

社長ブログ

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なぜ、お客様第一主義か?

しばらく暑さがぶり返していましたが、

今日は少し暑さが和らいだような気がします。

如何お過ごしでしょうか?

傳來工房では、お客様第一(お客様のお役に立ちお喜びいただける製品を開発し、

お客様の最も便利な方法でお届けする)を達成するために

環境整備(礼儀、規律、清潔、整頓、安全、衛生を

お客様視点で徹底的にレベルアップする活動)を全社員で毎日実行しています。

では、なぜお客様第一を達成しなければならないのでしょう。

それは、社員の物心両面の豊かさを実現するためです。

経営計画を作成しながらこの考え方を、図にしてみました。

お客様第一が出来ているかどうかのバロメーターは、売上であり利益です。

脳みそを絞り切って、10月19日の経営計画発表会に臨む所存です。

修学院離宮

一時涼しくなったと思いましたが、又、真夏の暑さがぶり返してきました。

如何お過ごしでしょうか?

体調を壊さないようにお気をつけください。

私は10歳より修学院離宮近くの松ヶ崎で育ちました。

今も松ヶ崎に住んでいます。

高校は洛北高校でしたので、修学院離宮のすぐ横に住んでいる友人もたくさんいました。

従って修学院離宮の門前まではしょっちゅう行っていました。

しかし65歳の今まで中に入ったことはありませんでした。

9月7日の土曜日、ついに見学することが出来ました。

会社のレクリエーションの一環として、希望者だけで見学申し込みをし、

総勢13名で、見学させていただきました。


想像以上の素晴らしさで感動いたしました。

機会があれば是非見学してください。

見学後は、私のお勧めのビストロで、和気藹々と美味しいランチをいただきました。

 

 

大変暑かったので最初のビールは、格別でした。

忘れるところでした。

猛烈に暑かった今年の夏も峠を過ぎつつあるように

感じる今日この頃です。

如何お過ごしでしょうか?

Dea’s Gardenの特約店様に毎月「はんなり便り」と名付けた

ニュースレターを毎月送付させていただいています。

毎月私もそれに寄稿しているわけですが、

私の愛読書に、人間学を学ぶ月刊誌『致知』があります。

その中で、心に響いた記事の感想を載せたところ

結構な反響がありましたので、お目に入れたいと思います。


最近涙無くして読めない文章に出会いました。

愛読している、人間学を学ぶ月刊誌『致知』の中に紹介されているお話です。

普段自分がいかに恵まれているかを意識せず、不平不満ばかり感じている自分が猛烈に恥ずかしくなりました。

問題があっても、自分の意志でどうにも解決できる環境にありながら、

それを当たり前と考え有難さを全く感じない自分を非常に反省しました。

以下がその文章です皆さんは如何お感じになられたでしょうか?

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大島みち子さんという女性がいた。
子供の頃は頭もよく、体も健やか、
本当に可愛い、いい子だった。


その大島さんに異変が生じたのは
高校に入った時だった。

顔の軟骨が腐るという難病にかかったのだ。

その治療のため、高校は五年かかってようやく卒業した。
彼女は京都の同志社大学文学部に進学。

だが、病気が再発、長い病院生活となる。
その間に河野誠さんという学生と知り合い、
手紙を取り交わす間柄になったりする。

この大島さんが書き残した文章を集めたのが
『若きいのちの日記』という本。

東井氏はこの本に、いまここで何をなすべきか、
人間としてもっとも大事なことを教えられたという。

大島さんは書いている。


「病院の外に健康な日を三日ください。
一週間とは欲ばりません。

 ただの三日でよろしいから
 病院の外に健康な日がいただきたい」

「一日目、私はとんで故郷に帰りましょう。
 そして、お爺ちゃんの肩をたたいてあげたい。
 母と台所に立ちましょう。

 父に熱燗を一本つけて、おいしいサラダを作って、
 妹たちと楽しい食卓を囲みましょう。
 そのことのために一日がいただきたい」


「二日目、私はとんであなたのところへ行きたい。
 あなたと遊びたいなんていいません。
 お部屋を掃除してあげて、
 ワイシャツにアイロンをかけてあげて、
 おいしい料理を作ってあげたいの」


「三日目、私は一人ぼっちの思い出と遊びましょう。
 そして静かに一日が過ぎたら、
 三日間の健康にありがとうと、
 笑って永遠の眠りにつくでしょう」

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珠玉の金言集

祇園祭(前祭)の山鉾巡行が、済んだのにまだ梅雨があけません。

カビだらけになりそうです。

愛読している「致知」の出版元から、

皆さんに是非お勧めしたい本が出版されます。


月刊『致知』41年の歴史に刻まれた120の名言を収録した

『十万人が愛した言葉』(藤尾秀昭・監修)


稲盛和夫氏や平澤興氏、坂村真民氏といった、

『致知』に馴染みの深い人物の名言をはじめ、

エジソン、二宮尊徳、『孟子』など洋の東西を問わず、先知先哲の叡智が

凝縮された珠玉の金言集です。

 

…………
目 次
…………

第一章 自分を育てる
第二章 生き方の流儀
第三章 志を遂げる
第四章 運命を創る

……………………………
掲載者の一部
(肩書は『致知』掲載当時・敬称略・本書掲載順)
……………………………

道場六三郎(銀座ろくさん亭主人)
羽生善治(将棋棋士)
鍵山秀三郎(イエローハット相談役)
小野二郎(すきやばし次郎主人)
永守重信(日本電産社長)
福島孝徳(デューク大学教授)
本居宣長(国学者)
柳井正(ファーストリテイリング会長兼社長)
坂村真民(詩人)
桜井章一(雀鬼会会長)
安藤忠雄(建築家)
相田みつを(書家・詩人)
木村秋則(りんご農家)
齋藤茂太(精神科医)
稲盛和夫(京セラ名著会長)
鈴木大拙(哲学者)
二宮尊徳(農政家)
曽野綾子(作家)
福島 智(東京大学教授)
東井義雄(教育者)
平澤興(京都大学元総長)
三浦雄一郎(登山家)
野中郁次郎(一橋大学名誉教授)
城山三郎(作家)
川口淳一郎(「はやぶさ」プロジェクトマネージャー)
坂東玉三郎(歌舞伎俳優・人間国宝)
安岡正篤(東洋思想家)
山中伸弥(京都大学iPS細胞研平岡和徳(熊本県宇城市教育究所所長)
渡部昇一(上智大学名誉教授)
北里柴三郎(細菌学者)
森 信三(哲学者)
井村雅代(シンクロナイズドスイミング日本代表ヘッドコーチ)
土光登美(土光敏夫の母)
中村天風(天風会創始者)

……ほか全120の名言を収録

祇園祭

鬱陶しい梅雨空が、戻ってきました。

昨日、直行で今春オープンした京都経済センターに行ってきました。

新規ビジネスの打ち合わせのためにですが、一般に開放されている商談室もなかなか快適なものでした。

場所は、四条烏丸という超便利な場所に位置しています。

 

ちょうど祇園祭の鉾建てが始まっていました。

長刀鉾や函谷鉾、また鶏鉾が京都経済センターの目の前で、久しぶりに間近で建てを見ることが出来ました。

しかし近隣の駐車場代が、10分300円と非常に高いので

ゆっくり見るというわけにはいきませんでした。

昨日は曇り空でしたが、今日は雨。

鉾建ても大変ですが、事故の無い様進めていただきたいと思います。

 



祇園祭

概要
豪壮かつ華麗な祇園祭は、千百年の伝統を有する八坂神社の祭礼です。
古くは、祇園御霊会(ごりょうえ)と呼ばれ、貞観11年(869)に京の都をはじめ日本各地に疫病が流行したとき、平安京の広大な庭園であった神泉苑に、当時の国の数66ヶ国にちなんで66本の鉾を立て、祇園の神を祀り、さらに神輿を送って、災厄の除去を祈ったことにはじまります。
祇園祭は、7月1日の「吉符入」にはじまり、31日の境内摂社「疫神社夏越祭」で幕を閉じるまで、1ヶ月にわたって各種の神事・行事がくり広げられます。

蘇民将来子孫也(そみんしょうらいのしそんなり)
八坂神社御祭神、スサノヲノミコト(素戔嗚尊)が南海に旅をされた時、一夜の宿を請うたスサノヲノミコトを、蘇民将来は粟で作った食事で厚くもてなしました。蘇民将来の真心を喜ばれたスサノヲノミコトは、疫病流行の際「蘇民将来子孫也」と記した護符を持つ者は、疫病より免れしめると約束されました。
その故事にちなみ、祇園祭では、「蘇民将来子孫也」の護符を身につけて祭りに奉仕します。
また7月31日には、蘇民将来をお祀りする、八坂神社境内「疫神社」において「夏越祭」が行われ、「茅之輪守」(「蘇民将来子孫也」護符)と「粟餅」を社前で授与いたします。
このお祭をもって一ヶ月間の祇園祭も幕を閉じます。

由来
祇園祭は貞観年中(859~877)京の都に疫病が流行したとき、勅を奉じて神泉苑に66本の鉾を立てて祇園の神を迎えて祭り、洛中の男児が祇園社の神輿を神泉苑に送って厄災の除去を祈ったのに由来し、平安時代の中頃からは規模も大きくなり、空車、田楽、猿楽等も加わって盛んな賑わいを見せてきました。

室町時代になると町々の特色ある山鉾のあったことが『祇園社記』に記されています。応仁の乱(1467)で都は灰燼に帰し、祇園祭も中絶しましたが、明応9年(1500)には復活、その時より山鉾巡行の順位を決める鬮取式が侍所で行われることになりました。以後、町衆の努力により山鉾の装飾にも贅を尽くすようになり、近世には度々の火災で多数の山鉾が消失しましたが、その都度、町衆の心意気によって再興し、今日に至っています。

[引用元:八坂神社HP]

三原じゅん子

G20が始まり、大阪は交通規制で大変だそうです。

無事成果を上げ終了することを心より願います。

さて最近、スカッとすることがありました。

それは、国会での首相に対する問責決議案への反対表明です。

40年前のアイドル、三原じゅん子が言ったのです。

客寄せパンダぐらいの役割しかないと思っていましたが、立派な政治家に成長していました。

健全な民主主義は政権交代可能な野党が存在してこそ、成立する。これは私の長年の持論であります。

その為、前原誠司や福山哲郎などを永年応援してきました。

しかし、民主党政権時代の失政や、分裂を繰り返した挙句の、揚げ足取りや

出来もしないポピュリズム政治にほとほと、嫌気がさしていました。

三原じゅん子、良く言った。

野党 『恥を知れ』

感謝!

爽やかな日が戻ってきました。

如何お過ごしでしょうか?

一見、実際の年よりは若く見られていますが、

今年66歳になりますと体のところどころにガタが生じてきます。

目、耳、歯から衰えが始まると言われますが、私も例外でないようです。

目は、今年左目の白内障手術を受けました。

間をおいて右目も手術の必要があります。

耳は、家で嫁さんからテレビの音が大きすぎるとよく注意されるようになってきました。

歯は、友人の歯医者で定期的に予防治療を受けていますので、

今のところは大丈夫です。

愚痴の一つも言いたくなるところですが、猛烈に反省させられる話に出会いました。

現状に感謝し今できるベストを尽くし天寿を全うしたいものです。

『大島みち子さんという女性がいた。

子供の頃は頭もよく、体も健やか、

本当に可愛い、いい子だった。

その大島さんに異変が生じたのは

高校に入った時だった。

顔の軟骨が腐るという難病にかかったのだ。

その治療のため、高校は5年かかってようやく卒業した。

彼女は京都の同志社大学文学部に進学。

だが、病気が再発、長い病院生活となる。

その間に河野誠さんという学生と知り合い、

手紙を取り交わす間柄になったりする。

この大島さんが書き残した文章を集めたのが

『若きいのちの日記』という本。

東井氏はこの本に、いまここで何をなすべきか、

人間としてもっとも大事なことを教えられたという。

大島さんは書いている。


「病院の外に健康な日を3日ください。

 1週間とは欲ばりません。

 ただの3日でよろしいから

 病院の外に健康な日がいただきたい」

「1日目、私はとんで故郷に帰りましょう。

 そして、お爺ちゃんの肩をたたいてあげたい。


 父に熱燗を1本つけて、おいしいサラダを作って、

 妹たちと楽しい食卓を囲みましょう。

 そのことのために1日がいただきたい」


「2日目、私はとんであなたのところへ行きたい。

 あなたと遊びたいなんていいません。

 お部屋を掃除してあげて、

 ワイシャツにアイロンをかけてあげて、

 おいしい料理を作ってあげたいの」


「3日目、私は1人ぼっちの思い出と遊びましょう。

 そして静かに1日が過ぎたら、

 3日間の健康にありがとうと、

 笑って永遠の眠りにつくでしょう」

創立30周年記念パーティー

今日は葵祭です。
友人の娘さんが、斎王代を務められます。
お天気で何よりでした。


禊の儀のあとの斎王代以下女人列
葵祭(あおいまつり、正式には賀茂祭)は、京都市の賀茂御祖神社(下鴨神社)と
賀茂別雷神社(上賀茂神社)で、5月15日(陰暦四月の中の酉の日)に行なわれる例祭。
石清水八幡宮の南祭に対し北祭ともいう。
平安時代、「祭」といえば賀茂祭のことを指した。


石清水祭、春日祭と共に三勅祭の一つであり、
庶民の祭りである祇園祭に対して、
賀茂氏と朝廷の行事として行っていたのを貴族たちが見物に訪れる、
貴族の祭となった。京都市の観光資源としては、京都三大祭りの一つ。


平安時代以来、国家的な行事として行われてきた歴史があり、
日本の祭のなかでも、数少ない王朝風俗の伝統が残されている。
葵の花を飾った平安後期の装束での行列が有名。


斎王代が主役と思われがちだが祭りの主役は勅使代である。
源氏物語中、光源氏が勅使を勤める場面が印象的である。
大気の不安定な時期に行われ、にわか雨に濡れることが多い。
1995年(平成7年)は雨天で戦後初の中止になった。


昨夜、友人の会社の創立30周年記念パーティがありました。

創立30周年記念パーティー

京都リーガロイヤルホテルにて、400名以上の招待客で盛り上がりました。
お祝いも花も受け取られず、まったくのご招待でした。
4時間半の長丁場でしたが、蓮尾社長の思いが、いっぱい詰まった感動的なパーティーでした。

高校中退の蓮尾社長が、サラ金からの借金を返すために、
最初、赤帽で運送業をスタートされました。
相手にしてくれる金融機関もなく、その頃はメインバンクは
武富士と言っていた時期があったそうです。

筆舌に尽くせない苦労を重ね、
30年で売り上げ100億円の運送業の会社に
成長させられました。

サクセスストーリーに感動し、
10歳ぐらい年下の蓮尾社長に尊敬の念を持たざるを得ませんでした。
今後も、大きく成長されることを確信しました。

私も大いに啓発され、
少しでも追いつけるよう気持ちを新たにしました。

感謝

花盛り

少し暑いぐらいの、気持ちの良い日々が続きます。
如何お過ごしでしょうか?

2003年に、こだわりのガーデンエクステリアブランド、
『Dea’s Garden』を立ち上げました。

最初はポスト以外の商品もなく、展示も必要なかったのですが、
おしゃれ物置『カンナ』を発売して展示の必要が出てきました。

お客様がカンナを見たいとご来社される度に、カンナを組み立てていました。
組み立てても、シーンに溶け込んでいないので
商品の良さが伝わりませんでした。

それで社内に展示場を兼ねた『ガーデン』を作ろうと決心しました。
しかし、何か私が新しいことをしようとすると、いつもほとんどの社員が反対します。
その時もそうでしたが、押し切りました。
『ザ・ガー傳』と名付けました。

モデルガーデンの薔薇モデルガーデンの薔薇

このネーミングも、ふざけているとかなり社員からは反対されましたが、
ご来社されたお客様が、ネーミングにセンスの良さを感じると仰って頂いたのを
きっかけにそんな声は無くなり、今では定着しています。

二つ目のより凝った『ザ・ガー傳』も作庭し、
今ではDea’s Gardenの無くてはならない、顔となっています。

植栽にも力を入れ
1年中、花が咲き目を楽しませてくれます。

特にこの季節は、まさしく百花繚乱です。

モデルガーデンの薔薇モデルガーデンの薔薇

薔薇が10種類ほどあり、良い香りが会社中に漂っています。
是非ご来社いただき、目を休め、香りでお楽しみください。

中国盛和塾

昨夜の雨で、桜もだいぶ散ってしまいました。

如何お過ごしでしょうか?

先週12日金曜日に、中国盛和塾のメンバー28名が、

会社見学にお越しになりました。

会社見学会〈中国盛和塾さま〉会社見学会〈中国盛和塾さま〉

稲盛和夫さんの高齢を理由に、日本では盛和塾は閉塾されるらしいですが、

中国では、稲盛さんの許可を得て継続されるらしいです。

現在中国で7,000名の経営者が入会されているらしいです。

弊社に見学に来られる中国の人たちは、大変熱心に見学されますし、

後の質疑応答も活発です。

そして感動したと言って帰られます。

今回も、いつも以上に熱い見学会でした。

 

中国の経済の拡大のスピードや企業の急速な発展の理由がわかります。

そして弊社のような小さな会社からも学ぼうとする姿勢は、

見習わなければなりません。

政治は一党独裁を継続するため強権的ですが、

経営者はそれとは別に柔軟に活動しているようです。

こういった良識ある経営者たちと交わることによって、

お互い互恵関係を築けるのではないでしょうか?

会社見学会〈中国盛和塾さま〉
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